『愛国心』

「愛国無罪」とは某国で反日運動が行われたときにプラカードに書かれていた言葉でした。ニュースでは襲われた日系企業の無惨な姿、そしてそのプラカードを掲げる姿が大写しされ、叫ぶ人々の声が聞こえてきます。異国語のはずが、「天皇陛下万歳!」と。
そんなはずありません。それは60年前、日本が封印した言葉だからです。かつて日本人はその言葉ひとつを叫びながら殺人を犯し、自らの命さえも断つことができたのです。戦争という最悪のカタチで。

愛国心とはなんでしょう。私は自分の属する国、日本が好きです。風景風土、そこから生れてきた芸術や習慣、思考、言葉、日本がなくなったら自分が立つ場所もなくなってしまいます。同一のもの、アイデンティティってやつですね。だから住み良い国であって欲しいし、守りたい。そう思う気持ちは愛国心に繋がるのでしょうか。
周りを見渡すと、今の国際情勢ではそんなほのかな気持ちだけでは国を守ることはできない、軍隊を持つべきだという愛国心。いや、戦わないという姿勢こそが結局は国と国民を守るんだという愛国心。経済こそが日本を繁栄させ、強いては国さえも守ることになるという愛国心。愛する気持ちは一緒でも、愛するための方法は様々です。

そんなとき家族だったらどうするんでしょうね。お父さんはいつでも戦える準備を怠らず、お母さんは戦いが起こらないように小さな争いの解決に骨身を惜しまない。大きいお兄ちゃんは家業を盛りたて、お姉ちゃんは小さな子たちの面倒を見る・・・。こういうのは理想の家族愛でしょうか。
けれども、お父さんがいなくなれば、お母さんが竹やりを持ちそれを見た子供たちも石を投げる。更に大きな戦いに引きずり込まれていき自分たちの場所さえ破壊してしまうなんてこともあるだろうし・・・。逆にお母さんが逞しすぎるとお父さんは戦いを放棄してパチンコ通いに精を出すかもしれません。そうしたらお兄ちゃんはニートになってしまい、少子化で小さな子の面倒を見なくてもよくなったお姉ちゃんは海外へ飛び立ってしまう。自分の属する場所を愛せなくなったり守らなくてもよくなったときは内側の敵に滅ぼされます。愛国心のチューニングというのは難しいのです。
日本人はかつてどの国よりも愛国心の強い国民でした。その強い愛国心をもって他国も自国も傷つけました。そして戦争に負けて両手を挙げたとき、両脇に挟んでいた『愛国心』は落としたのです。誰も気がつきませんでした。もうそのときはやけに毒々しいだけの『愛国心』なんて必要なかったからです。けれども『愛国心』のまわりには『誇り』とか『忠誠』とかさまざまな種が付いていることを今になって知ったのです。愛国心が悪いのではなく、使い方が悪かったのです。

今、また日本は悪い使い方をするんじゃないかと心配している国があります。
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by r_dew_1 | 2005-09-23 01:05 | A4  

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