笑うライオンとの出会い。

本来いるはずのない動物が
押し入れにいたりする時代です。

テレビに知らせたりしませんでしたが、そういう経験をしたのは私です。
今まで誰にも信じてもらえませんでした。
でも、今なら...
 
          ***

私は小学校1年生。
そろそろ通学にも、ランドセルの重みにも慣れたのでしょう。
ひとり帰宅、気ままなより道もはじまりました。

毎日通学路をひとつづつ外して帰るというような小さな冒険。
「しめしめ、さらっちまおう。」という海賊は一般的ではなかったので、
ちょっとくらいなら怒られたりはしないのです。

高台にある学校をすこしくだると、コリーを飼っている家がありました。
私は必ずそこに立ち寄って、門扉ごしにながめます。
そこのコリーはいつも狂ったようにコンクリートの庭をグルグルまわったり、
飛び跳ねて犬小屋の屋根に上ったりしているのです。
そして時々、「キャワーン、キャワーン」と声をあげていました。

坂をくだりきると、川のような空き地が流れていました。
もうすぐ線路が引かれて、電車が通るのだそうです。
けれども『もうすぐ』は一向に近づいてこないので
立ち入り禁止のための鉄線はいろんなカタチに曲げられてしまいました。
好きな入り口のカタチを子供たちは選べるのです。

そうしてそこには季節ごとにシロツメクサやススキが敷き詰められ、
小さな捨て犬が生まれ、幾人かの小学生はこっそりと親になりました。
親は子に育てられるのです。

          ***

川のような空き地の向こう側にその家はありました。
入り口は道路より5段くらい高いのです。
ピンポンダッシュ防止には効果的です。

コリーの家とは違って
水墨画みたいな松の木が門扉に覆いかぶさるように伸びていて
住人の重みが感じられます。

そこの家はライオンを飼っていました。

黒くて、頑丈そうな門扉ごしに
茶色いたてがみをフサフサさせた大きな顔のライオンが私を見て笑っているのです。

私は低い道路側からじっと見上げました。
ライオンも見ています、相変わらず笑って。
そして、時々左右の門柱のあいだを行ったり来たり、のっしのっしと歩くのです。

『ライオンを飼っている』というのは
当時の私にとって『オウムを飼っている』と同じような意味でしかなく、
珍しいな。という感覚でしかなかったので
「ふ〜ん、いいもんみつけた。」というふうにしか思っていなかったのでしょう。

狂ったように飛び跳ねるコリーや捨てられた子犬ほうが
ずっと興味深かったのかもしれません。

だからそれからも気が向いたときだけそこの家の前を通り、
5段下の道路からしばし笑ったライオンと見つめあい、帰るのでした。

          ***

2年生になって、新しい学校に変わった私は
笑うライオンのことなどすっかり忘れて大人になりました。

そうしてある朝、そのことを思い出したのです。
理由もないのに一人前気取りの大人の私は
あのときの母親のように1年生の私を疑っているのです。

けれども勇気をだして
当時は世界のどこかで同じ子供だった今は伴侶にうちあけたのです。

「それはきっと、チャウチャウ犬だよ。」

男の子ってなんでも知ってるからキライ!

チャウチャウ犬じゃないよ、ライオンなの。
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by r_dew_1 | 2005-10-13 19:26 | A4  

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