猫。

昔、数日預かった『メンマ』という黒猫は気難しくて、気性の荒い猫だった。
高級なネコ缶には目もくれず、ぶつ切れ入りの生臭いネコ缶をそれもほんの少ししか食べなくて預かっているあいだ中、決して気を許さず、部屋の隅でわたしの一部始終に神経を高ぶらせていた。
つややかな毛並みとしなやかな肢体をもった若くて美しいメス猫だったけど、先数センチ(たぶん)を失った折れしっぽだった。それでもメンマはその先端までつんと神経を行き届かせて品よく歩き、跳んだ。

その夜はとても寒かったように思う。ようやく暖まりかけた足の辺りにぬくもりが滑り込んだ。よけると、さらに絡みついてきた。
メンマに違いない。いつになく寒い夜と、ともに過ごした幾晩かで少し心を許したのかもしれなかった。

「メンマ、おいで。」
わたしは掛け布団の隙間から声をかけた。
けれどもメンマは足先をもてあそぶばかりで、声に従うことはなかった。

昼間のメンマは相変わらずの気難しさだったが、深夜ウトウトと寝入るころになると、足元に忍び込んでくる。わたしはもう声をかけて呼ぶこともなく、朝目覚めるころにはすでにメンマは部屋の隅で丸まっているのだった。

飼い主が帰ってくるという前日、メンマにいった。
「よかったね、やっとお家に帰れるよ。」
メンマはめずらしく、わたしの足もとをするりと八の字に抜けた。

その夜もメンマはわたしを訪れた。
これまでの夜と違っていたのは、スルスルと上半身にむかって上ってきたことだ。しばらく腰のあたりにいたかと思うと、胸の下に止まり、がさがさとわたしの寝衣を掻く。ふところにとどまったそれをおもわず抱え込みそうになったわたしは衝動を押さえ込んで耳をすました。ひんやりとした寝室の空気に、掻く音ははっきりとした言葉を奏でていく。

「いいよ、いいよ...。」
「あんたなら、いいよ...。」
「あたしはね、しっぽの先をさがしにいくよ...。」

     ***

しばらくして、メンマがいなくなってしまったと飼い主から連絡が来た。
それから数ヶ月。わたしはメンマの飼い主の部屋で暮らしている。いまもまだメンマのおしっこの匂いが残っているような気がするとき、しっぽの先が冷蔵庫のうしろに隠れているんじゃないかと安いネコ缶を開けてみたくなる。
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by r_dew_1 | 2006-09-18 11:10 | A4  

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