私とオブン。

私の欠片の話をしましょう。
長く生きているとたくさんの欠片が増えて来ます。
生まれてはじめて手にしたカラフルなおしゃぶりも、おこずかいを何ヶ月も貯めて買った刺繍の付いたワンピースも欠片でしたが、時の流れと私の成長とともに道のどこかに埋めてきてしまいました。家中どこかをさがせばまだ埋め忘れたなにかが見つかるかもしれませんが、ただはく製になっただけで埋めてしまったことにかわりはありません。

そんななかでいまだ命を輝かせて私に寄り添う欠片があります。
それがオブン。オーブンです。小学校5年生のとき、父にねだってねだって買ってもらったものです。料理本でみつけたグラタンをどうしてもつくりたかったのです。

そのころウチにはオーブンがありませんでした。
パンをトーストするときはあの、ポンっと飛び出るトースターだけでした。
実は一度、それを横にしてピザトーストに挑戦しましたが、結果は無惨なもの。子供心でもポンっトースターでグラタンに焦げ目を付けることは無謀と知ったのです。まだオーブンは高価だったと思います。子供のおもちゃに、それもグラタンに焦げ目をつける好奇心のためだけに買い与えることは父も躊躇したと思います。それでも執拗に口説き落とした結果、最新式の電気オーブンを買ってくれたのです。

それがオブンという欠片と私の出会いでした。
まるでゲーム機を与えられた男の子のように、携帯電話を与えられた女の子のようにすくすくとオーブン料理のレシピを見よう見まねでやたら試す毎日が続きました。父は別の意味で買い与えたことにうんざりしているようでした。

それからン十年。一度もひねくれたり、病気になったり、音をあげたりもしないで一人暮らしをはじめても、結婚をしても、引っ越しをしても、ずーっと寄り添う現役の欠片です。
小学生だった私は身長も体重もシナプスもテキトーも増えたけれど、オブンはサイズもスペックも生真面目さもあのころのまま。天板は小さいし、アナログだし、省エネもしないし、おまかせも引き受けないし、温度調整もゆっくりだし、発酵機能なんてもってのほか。「甘えるんじゃないよ!」といわれてしまうのです。頑固一徹のばぁば先生のようです。だから、「最近は庫内の広いスチームオーブンがあるんだよ、しかも省エネ。」なんてとてもいえません。

今日も私はオブンの窓を覗きます。
焦げ目のようすをうかがいながら、向きを変えたり温度を変えたり、その胃袋に合わせて小分けにしたり。ケーキやパンが無事にプーッとふくれるたびに愛を、絆を、確かめ合うのです。




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by r_dew_1 | 2007-12-04 13:13 | A4  

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