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『死』

逝く人は、死という置き土産を身近な人に託します。実は死って、逝った人のものではないと思っています。本当は受け止めた人たちのもの。薄く透き通った死の膜を自分の生に重ねる。ちょっと見は変わらなくても、確かな深みとなり、その扱い方、とらえ方で良きにも悪きにも影響していくのです。
生きている間、それはとても恐ろしいことでそこから逃げるようにして生きていきます。自分もそれをとりまく人々もひとつとして欠けることなく、できれば永遠にこの環境を保っていきたい。
この環境。若い苗木は、枝を張り葉を繁らせた緑樹に憧れ守られる。緑樹は、たわわな果実を実らせた樹木に教えを乞う。樹木は、枯れゆく老木に悟りを学び自分を知る。老木は。
老木は、その死をもって彼らすべての糧となる。実は決して欠けることも、失うこともない森のような世界なのだと思うのです。
ただ、それがきちんと意識できるか否か。今の時代、あまりにもその教育がなされていないように思います。お葬式に参列しても、身内として弔問客に立派にあいさつをしてもそれはわからないのです。生と死の間にある看取りの行為があまりにもお粗末なのではないかと。世話とか看病、介護もその一部だと思いますがそれだけではなく、逝く人の人生の整理、終焉にかかわること、そこに自分がどう存在し、自分のなかで逝く人がどう存在したか、それは最後の切なく、苦しく、ゆるりとした時間のなかで確かめられることです。更にはそれを心におさめ、糧として引き出せる想像力。大切な人は死してなお、自分を守ってくれるものです。
『人はなぜ人を殺してはいけないのか。』子供たちのこんな愚問を問題としてとりあげなければならない今が悲しい。大人が情けない。言葉で解答を求め、差し出そうとするのが間違ってると思うのです。
死はそこで終わるものではなく、そこから播種してかならずや関わってくるものです。
人としてもうひとつの森の破壊を見過ごしてはいけません。
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by r_dew_1 | 2005-06-27 17:14 | A4  

数十年後の懺悔。

実家には父の大切にしている思想家の全集があります。
それは私が小学生の頃に父が買ったものです。

重厚な装丁、カバーがかけられ一冊づつ頑丈な箱におさめられている。
そのための本棚も買った。
本好きな父は貧しかった若いころの夢を叶えたのかも知れません。

私はその全集の一部に秘密を隠しています。

もう何年も前の今頃の季節。
育てていた朝顔が咲き始めました。
みごとに花をつけてもすぐにしぼんでしまうのが残念なところです。

子供心にもそう思いました。
そして、ひらめきました。

押し花。

今思えばなんという大胆さ。

それがプラトンの巻なのか、アダムスミスなのか、
それともサルトルだったのか、マルクスだったのか、
漢字なところで毛沢東だったような気もします。

数日後の驚き。
かしこい私は幼いながらも、このことは墓場まで持って行こうと
かたく決心したのでした。

父はなにも言わなかった。
もともとひどく叱りつけるようなひとではありませんでしたが
休日になると少しづつ読んでいたのでわからないはずはありません。

知っても言わなかった父に
心がチクッと痛んだのでした。

本を汚してごめんなさい。
あやまらなくてごめんなさい。
そういえば今日は父の日です。
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by r_dew_1 | 2005-06-19 08:13 | A4  

結婚の秘密。

ひさしぶりに友人と会いました。

未婚の彼女が私ともうひとりの友人に訪ねます。
「なんで、結婚したの?」

ストレートに聞かれるとなんでだろ?と思うのです。
未婚の彼女はいつも彼氏が途絶えることなく、今の彼とも三年越しのつきあいです。

逆に聞きます。
「なんで、結婚しないの?」
「差し迫ってそう思わないんだよね。」

私も面識のあるその彼はとても穏やかないいひとです。
話を聞き進めていくと、
どうやらそのいいひとぶりがおもしろくなくて不満なようです。

人には危機感というような得体の知れない不安や課題が必要ではないかと
そのとき思ったのでした。

彼女はいいます。
「そういえば、ダンナの悪口とかいわないよね。」
そうかな?不満はいっぱいあるんだけどね。

たぶん、私もそこの取締役になっちゃってるから。

結婚前はどこと提携しようかと選びます。
ひとたび結婚合併したら、もう運命共同体ですから。

そんなこと話すと、
よっぽどいい艦だったのか、と。

いやいや、泥舟です。
日々、水をかき出してる。

彼女にはわかんないだろうな、泥舟にも幸せがあること。
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by r_dew_1 | 2005-06-15 03:19 | A4  

電話の営業

どこから電話番号を調べてくるんだか、
電話の営業にはすごいものがあります。

世相を語ってか、最近多いのが投資系。
まっとうそうなものから、いかにも怪しそうなものまで種々雑多。
怪し気なものは声のトーンからして演技派です。
あなただけにお教えするとか、選ばれた方だけにとか、
「あー、選ばれたくなかったなぁ。」なんていっちゃいそうです。

畳屋さんも多いですね。
なんとなく邪険にできません。
お父さんはめっきり少なくなった畳を丹精込めて張り替える。
その横でお母さんが慣れない営業の電話をかける。
向いにできるマンションは総フローリング仕上げ。
そんな構図が描かれてしまうのです。

墓地なんかもあります。
いい加減なことをいっておことわりすると、
「そうですよね、まだお若そうですもんね。」なんて
愛想よく負けをみとめない強さに、年の功が感じられます。

そのほか、無料出張エステ、ご近所の皆様を集めていただいてのお料理お食事会、
無料浄水器モニター、互助会、etc.
ウチの電話は彼らのためにあるようなものです。

ひととき、英語対応作戦も考えましたが、
helloとwhatだけというのも脆弱な気がして断念しました。
おもいっきり英語で反応されるというリスクも今の時代、少なくないのです。

最近は彼らの話が一区切りしたときに、
「すいません、今、火を使ってるので。」といっています。
もう一度かけてくる律儀者もおりますが、チェックしていません。
火事または火の車だと思っていただければ幸いです。
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by r_dew_1 | 2005-06-12 17:16 | A4  

花火と夏仕度。

うっとうしい梅雨をなんとかマシに乗り切ろうとあじさいを育てています。

挿し木から淘汰に淘汰を重ね、ただいま4種、5鉢。
残った彼らは力強く、実にみごとに咲き誇ります。

そのなかに『隅田の花火』というのがいて、
いち早く花火の予感を運んでくれる親孝行者です。

実は花火が大好き。
Wカップ予選の次は花火に標的をあわせています。
東京で3本の指に入る花火大会がウチのベランダから存分に見ることができます。

その日は昼間のカラ花火の音さえ心地いい。
夕闇が迫る頃、食事そっちのけで、枝豆とビールです。
あまり飲めなくても、むりやりビール。それがお行儀というものですから。

夏の夜空。情緒、粋、興奮、思い出、そんなものがないまぜになって
こころをトキメかせます。
世界でいちばん大きな巨大スクリーン。
目と耳だけじゃなく、鼻も。火薬の匂い。
そして、最後の百花撩乱、息をのむ圧倒と潔い終焉。
それは本当に潔くて、未練なカーテンコールはありません。
それぞれが夏の終わりの気配を抱きしめ、束の間の夢のあと。自分に還っていきます。

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これが日本の夏です。

キンチョウという意見もありますが、キンチョウはかかせない備品だと思います。
最近は蚊より、ヘリコプターが景観汚染なのです。
キンチョウでは落ちないでしょう。

『隅田の花火』が咲いて、梅雨に入って、梅酒の仕込みをして、すだれをかける。
夏支度もまた、楽しいものです。
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by r_dew_1 | 2005-06-09 19:04 | A3フォト  

『お肉のお味』

すこし前、日本の経済が勢いよく上ろうとしているとき、金融の自由化がおこなわれたそうです。それによって更に勢いが増し、バブルという時代に突入しました。金融のルールが変わった。これはそんな時代に草食動物がお肉を食べたお話です。

しまうまはたくさんの草を食み、咀嚼し、決して合理的ではない方法で血と肉を作ってきました。ある日、一片のお肉が放り込まれました。遠巻きにそれをながめます。勇気のある者がひずめの先でそれをつっきます。やわらかそう。鼻を近づけます。生臭いけど食べられないこともなさそう。折しも草の効率の悪さは気になっていたところです。「食べてみる価値あるんじゃないか?」そのひとことがきっかけになりました。生来の真面目さでいっせいに口へ運びます。多少の消化不良は忍耐づよさをもって克服しました。なによりも高タンパク、高カロリーその栄養効果は絶大でした。筋肉は増強し、血液には粘度が増し、脳細胞は合理性を求め、競争という心理に目覚めます。そのうえ肉食のコミュニティにも仲間入りです。気がついたときには世界を圧巻する強力さを手に入れました。しまうまが牙を持ち、群れとなって巧妙に獲物を狙うのですからたまりません。しかも、勤勉に。奔放な食べっぷり、食べきれない分は干し肉にしてほかの肉食動物に売ることも忘れません。御機嫌伺いの品にもなるのです。
あれから20年。
この新種のしまうまは立派な肉食動物になれたのでしょうか。
噂によると、いまや筋肉は脂肪と化し、血液はドロドロ、脳細胞はシナプスを失い、こんがらがった遺伝子は種の保存を拒み、心は心筋梗塞の不安におびえている。草食動物に戻ろうという気持ちあるらしい、けど草を食むための臼歯はすでにありません。かといって肉食動物としては未成熟。結局、新種の動物として前例なきいばらの道を模索していく運命です。
あのとき痩せていたらいおん、お肉を放り込んだらいおんはすっかり体力を取り戻し、今日もたてがみをなびかせてどこかの油を狙っています。
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by r_dew_1 | 2005-06-06 22:05 | A4  

あの日のお姉さん。

駅の改札が自動でもスイカでもなかった時代。
日本はつい最近までそんな時代だったのですよ、若者!

そんな時代の出来事です。

お姉さんは最近はやりのキャリアウーマンを目指すべく、
忙殺ともいえるいそがしい毎日を送っておりました。

化粧さえトンチンカンになりそうな食パン1枚の朝のことです。
ありがた迷惑なテレビの占い。
のろいの言葉にパチリとスイッチを切って、さぁ、出勤です。

駅まで5分の好立地。
タイトスカートにもかかわらず、フェンスを乗り越え、
ズルな横道3分半。

古き良き改札BOX。
箱の中身は駅員さん。定期はかざすのではなく、見せるものでした。

その日の彼女もしっかり見せました。
テレビのリモコンを。

キセルじゃないの、お疲れなの。
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by r_dew_1 | 2005-06-03 23:32 | A4