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読書。

読書の秋。というけれど、わたくし的には読書は夏のほうが進みます。正確にいえばムラが多く、読まないときは全然読まないし、読み始めるとずーっと読んでます。ここ数年はほとんど本を買っていません、ほぼ図書館から借りてます。保管場所も困らず、本を捨てるという心苦しさもなく、タダだし、最近は新刊にもあまり興味がないので絵本から哲学書まで借りまくります。読まなくてもなにかしら借りてきてそこいらへんになにかしら数冊転がっているという読書環境です。
で、図書館病(仮称)をわずらっているよう。どういうことかというと、読みはじめの冒頭部がおもしろくないともう読まなくなってしまうのです。もう少し頑張ってみて臨界期を越えようなんて気がさらさらない。特に小説。そう、小説についての読書スタイルは肌合い重視なので、冒頭十数ページの感触で文体や描写がしっくり同化できないとまったくダメ。我慢・忍耐なんてしなくなってしまうのです。偉そうにも、却下というかんじ。そんなことを夫に話すと、彼はどんなにおもしろくなくても読もうと決めた本を手にしたら最後まで読んでみるといいます。そうすると違ってたりすること多いよと。ちなみに彼は購入派です。
つまり、自分で本を買わなくなってから読みたいものを選ぶ能力や臭覚が衰えてしまったようなのです。お金を出して読もうとおもったら、つまんないものは買いたくないし、損したくないと思う。だから一生懸命選ぶ。そしてせっかく買ったのだからと、とにかく最後まで読んでみる。読書って、そういうところからはじまっているのだなぁ、といまさら気づくのでした。それに活字に対して若い頃にように旺盛な渇望はもうなくなっているからどれでもとか、なんでもとか、いうふうではなくなってきた気がするし。数少ない趣味として原点にかえってみようと思う次第です。
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by r_dew_1 | 2006-11-16 21:41 | A4  

進化。

この時期、暖かい朝にはまだ迷う。
シャキッとそのままの水道水か、温水にするか。
シャキッとする理由もみつからなかったので温水で顔を洗う。

蛇口をひねると今日も正しく温度調整された心地よい温水が排水溝めざして流れ落ちる。
なのに手のひらでそれをすくって顔を洗うなんて、ちょっと原始的な気分だ。

両手のひらは何十年もの地道な訓練でピタリと合わさり器をつくる。
手の器には温水がまるく貯められて、まるい温水を顔のかたちに貼付ける。

でも今朝はまるい温水は出来なかった。
蛇口から流れる水は手のなかいっぱいに貯まる手応えもみせず、ずるずると漏れて排水溝へ落ちていく。
合わせた手を見ると穴が空いていた。
五百円玉くらいの穴が手のひらの真ん中に右手左手ひとつづつ。

「あれぇ〜?」
意表をついた出来事に固まって眺めていると、ずっと昔から空いていたような気もする。
珍しい手の穴を片目に近づけてのぞいてみたり、左右のひらを裏返したり重ねてみたり、ぶらぶらと振ってみたりしたけれど幻ではなさそうだった。

「おはよう。なにやってんの?」
妹がうしろから声をかける。
「これ、見て。」
手の穴をかざす。
「なにが?」
「なにって、この穴。」
「手穴でしょ。」
「て、手穴って?」
「お姉ちゃん朝からおかしいよ。どいて、どいて。」
洗面所に立った妹はゴム製のキャップのようなものを手慣れた動作で左右の手穴にはめると、いつものように水を受けて顔を洗った。

ダイニングへ向かうと、家族の朝はいつもと変わりない。
自然、それぞれの手に目がいく。やっぱりみんなが手穴を持っている。

「ねぇ、これって何?」
誰にともなく聞くと、訝しそうに私を見る。
あとから食卓についた妹が、
「お姉ちゃん、おかしいんだよ。」と、さらりと受け流した。

朝食を前にして、手穴に指を差し込んでみると、すぐさま母に
「子供じゃないんだから、手穴にそんなことするんじゃないの。」とたしなめられた。
私は気になる手穴をあきらめて、疑問が解決されないまま朝食をとった。

「いってきます。」
外に出て歩き出すと、案の定スースーと手のひらに風が吹き抜ける。
それじゃなくても気にかかって仕方ない手のひらにいっそう神経が集中してしまう。

道ゆく誰の手を見ても手穴はあった。
つり革につかまる手、新聞を読む手、ケータイする手。バッグを持つ手。
どんな手にも穴が空いていた。
そして不思議にもこれまでの穴のない手とは機能的にもそう変わりがないのだった。

もうどうでもいいような気持ちで会社の席に着く。
迫っていた締め切りを思い出した。気持ちを切り替えなくては。
「あれ?」
キーボードがない。

「どうしたんですか?」
向かいの後輩が声をかけてきた。
「キーボードがないんだけど。」
「キーボードってあの、楽器の?」
「えっ?」

後輩の手穴には何か丸いものがピタリと収まっていて、瞬時に悟った自分の勘が当たらなければいいと願っていた。
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by r_dew_1 | 2006-11-06 01:43 | A4  

秋味。

「上海経由できたんですけど、お買い物の途中お友達とはぐれちゃって...。ここって日本近海かしら?」
そのサーモンは見事な金刺繍のチャイナドレスをまとっていた。
「急いでますの。秋にはノルウェーの川に帰らなければなりませんの。でないと、このお腹のイクラちゃんが、父なし子になってしまう。」
「それは大変ですね。身重のあなたにこんなこと言いたくはありませんが、実はもう秋なのですよ。」
そういうとサーモンはハラハラと涙を流しはじめた。

魚の涙は珍しくない。
こうして日がな岩肌にへばりつき、行き交う潮流をながめているとさまざまな境遇の魚たちに出会う。
魚たちはみな急ぎ、泳ぎ続けているから、涙が粒にならないだけだ。

ときどきこんな風に潮流に迷った魚が声をかけてくる。
泳げなくなった老魚や、傷ついてまっすぐに進めなくなった魚、最近はもう魚などやめてしまいたいとわたしの頭上ばかりを回旋し続けているものもいる。

「上海はいかがでしたか?」
行き場を失ったサーモンにそう訪ねてみる。
「それはそれは活気があって、楽しくて。」
いまはもう後悔ではちきれそうなドレスのスリットをなびかせてそうサーモンは答える。

「なぜ上海に?」
「若かったのですね、異国の匂いを乗せてやたらと行き交うタンカーに憧れてしまいましたの。」
「ノルウェーは遠いのでしょう。」
「来るときはそう苦にはならなかったわ、でもいまはすっかり迷ってしまいました。このまま神様への責任も果たせずに死んでしまうなんて。」
「神様への責任?」
サーモンはお腹の辺りをゆるりとくねらせた。

その部分の鱗は透けてしまうように白く、角度によっては銀色に光っている。
神様は命には命を乗せる仕組みを決して忘れない。
どんな時代にも意味だけはひっそりと備えておく。

「もうすこし頑張れますか?ここをまっすぐに泳いでいくと、大きなコンブの森につきあたります。そこはとても険しいのですが、抜けると川につながるといいます。わたしが行きあう魚たちから聞いた話です。」

          ***

身重のサーモンは潮の流れとは真逆のコンブの森の方向に泳いでいく。それはとても遅々としていて哀れなほどだ。
脱ぎ捨てられ、さっきまで岩にからんでいた金刺繍のチャイナドレスがほどけてそれよりはやく潮に乗って流れていった。
潮流はただ銀の鱗のためだけに流れている。
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by r_dew_1 | 2006-11-02 15:19 | A4