ポップコーンの作り方。

ポップコーンを作るには薄くて軽いなべがいいように思う。
もちろん、はじけると量が多くなるので深なべであることはいうにおよばない。
薄い。というのは熱の高低をすばやく調整するため。
厚いなべはこの場合愚鈍であるとしかいいようがない。
軽い。というのは途中はじけ組と未はじけ組みを煽りによって分別するため。
重いなべはこの場合肥満であるとしかいいようがない。

パラパラとなべ底に乾燥コーン(ポップコーンの素)を敷く。
このときなべとぶつかりあう乾いた音が好き。
武装した有機物の粒たちが唐突に無機物の懐に攻め込んでいくような快感をおぼえる。
だからといって入れ過ぎてはいけない。その膨らみ方は詐欺のようだ。
百円のスナック菓子の原価とはそういうものだ。味付きの空気にお金を支払っている。
適量。この曖昧模糊なことばは想像力が大切。できるひとは計算でもいい。
まぁやってみて。センスの発揮。

オイルをそそぐ。
ここは根性を試されるとき。なぜなら意外とその量は多い。
いわゆるジャンクフードであることを忘れてはいけない。
まだ今なら間に合う。コーン粒をもとの場所に戻して野菜スティックを齧るのもよいと思う。
コーン粒が浸かる程度のオイルをそそぐ。
ここでの躊躇は今後の行程に暗雲をもたらしかねない。

塩をふる。
あとでも調整できるから、ここは多すぎない程度にスルー。

ふたをして火にかける。
じわじわと熱していくオイルの海でコーンはじりじりとせめられていく。
あくまでオイルは中火でじわじわ。
強火はたちどころに憤死させてしまうし、トロ火はいい湯だなと歌わせてしまう。
オイルがある点をとらえたところで一斉にコーン粒はポップコーンへと急変貌する。
あぁ、それはもう大騒ぎのドンチャン騒ぎの将棋倒し。

楽しそう。なんて貴方はのぞいてはいけない。
決してのぞいてはいけない。
そのかわりこの大騒ぎを煽ることに外側から終始する。

コーン粒にもどうやら個性があるらしく、乗りのいいやつはすぐはじける。
そういうやつはすぐ酔いつぶれたり、眠り込んだりするので焦げやすく、
乗れずに閉ざした堅物や天の邪鬼なんかを待てない。
乗れないやつは得てして火元から遠のいてたりするから
そこで鍋をゆすって席順を交換したりしてやる。
弾け済焦げそうなのと未弾け温度が足りないのとの比率の変化は音と重さで判断する。
火加減との勝負どころ。

香りというのも大切で、いわゆるポップコーンの香りがしているうちが花。
家で作ると香りも楽しめていい。
でもほんのり焦げ臭さが漂ったら、かなり焦げは進んでいると思う。
この間あっという間。優しい香ばしさに酔っていてはいけないということ。

弾ける音がしなくなったら出来上がり。
すぐさまふたを開けると、滑り込みセーフ弾けやとぼけた弾けにあうことも。
そして熱いうちにお好みの塩味に調整。
ボウルに移すと...いるんだよね乗れなかったやつ。

この時点では、「咲けなかったもの」というほうが似合ってる。
そしていつもそのなかから探すんだ。自分を。
ポリッ。
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# by r_dew_1 | 2006-02-11 19:10 | A4  

落。

がっくりんこ。
ひさしぶりの更新にがんばっていたところ、キー操作を誤り瞬時に消えました。
もう、立ち直れません。

なので、写真でも...しょぼりんこ。






 

題)ふしぎ、ニッポン。。。。やけくそ。
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# by r_dew_1 | 2005-12-13 20:04 | A4  

笑うライオンとの出会い。

本来いるはずのない動物が
押し入れにいたりする時代です。

テレビに知らせたりしませんでしたが、そういう経験をしたのは私です。
今まで誰にも信じてもらえませんでした。
でも、今なら...
 
          ***

私は小学校1年生。
そろそろ通学にも、ランドセルの重みにも慣れたのでしょう。
ひとり帰宅、気ままなより道もはじまりました。

毎日通学路をひとつづつ外して帰るというような小さな冒険。
「しめしめ、さらっちまおう。」という海賊は一般的ではなかったので、
ちょっとくらいなら怒られたりはしないのです。

高台にある学校をすこしくだると、コリーを飼っている家がありました。
私は必ずそこに立ち寄って、門扉ごしにながめます。
そこのコリーはいつも狂ったようにコンクリートの庭をグルグルまわったり、
飛び跳ねて犬小屋の屋根に上ったりしているのです。
そして時々、「キャワーン、キャワーン」と声をあげていました。

坂をくだりきると、川のような空き地が流れていました。
もうすぐ線路が引かれて、電車が通るのだそうです。
けれども『もうすぐ』は一向に近づいてこないので
立ち入り禁止のための鉄線はいろんなカタチに曲げられてしまいました。
好きな入り口のカタチを子供たちは選べるのです。

そうしてそこには季節ごとにシロツメクサやススキが敷き詰められ、
小さな捨て犬が生まれ、幾人かの小学生はこっそりと親になりました。
親は子に育てられるのです。

          ***

川のような空き地の向こう側にその家はありました。
入り口は道路より5段くらい高いのです。
ピンポンダッシュ防止には効果的です。

コリーの家とは違って
水墨画みたいな松の木が門扉に覆いかぶさるように伸びていて
住人の重みが感じられます。

そこの家はライオンを飼っていました。

黒くて、頑丈そうな門扉ごしに
茶色いたてがみをフサフサさせた大きな顔のライオンが私を見て笑っているのです。

私は低い道路側からじっと見上げました。
ライオンも見ています、相変わらず笑って。
そして、時々左右の門柱のあいだを行ったり来たり、のっしのっしと歩くのです。

『ライオンを飼っている』というのは
当時の私にとって『オウムを飼っている』と同じような意味でしかなく、
珍しいな。という感覚でしかなかったので
「ふ〜ん、いいもんみつけた。」というふうにしか思っていなかったのでしょう。

狂ったように飛び跳ねるコリーや捨てられた子犬ほうが
ずっと興味深かったのかもしれません。

だからそれからも気が向いたときだけそこの家の前を通り、
5段下の道路からしばし笑ったライオンと見つめあい、帰るのでした。

          ***

2年生になって、新しい学校に変わった私は
笑うライオンのことなどすっかり忘れて大人になりました。

そうしてある朝、そのことを思い出したのです。
理由もないのに一人前気取りの大人の私は
あのときの母親のように1年生の私を疑っているのです。

けれども勇気をだして
当時は世界のどこかで同じ子供だった今は伴侶にうちあけたのです。

「それはきっと、チャウチャウ犬だよ。」

男の子ってなんでも知ってるからキライ!

チャウチャウ犬じゃないよ、ライオンなの。
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# by r_dew_1 | 2005-10-13 19:26 | A4  

お姉ちゃんの気持ち。

お姉ちゃんはいつだって頑張っちゃう。

お姉ちゃんだってまだすごくちっちゃかったのに
トンちゃんと、ベビーカーを抱えるママを見て、
黙ってひとりで階段上がったよね。

幼児の脚には高すぎる一段一段を
届かない手すりの下に小さな手のひらをぴったり張付けて、ふぅふぅっていいながら。

今のトンちゃんはそのときのお姉ちゃんより少し大きいけど、
まだ、抱っこしてもらってる。

お姉ちゃんは迷子になっても泣けなかったんだよね
一緒のトンちゃんが不安になるから。

トンちゃんの不安を肩代わりして、しっかりと手を引いていた。
見つけたママが声をかけると、火がついたように大声で泣いた。
我慢してたんだもん、いっぱい泣けばいいと思ったよ。

お姉ちゃんはえらいね。
いつだって、自分の力を振り絞ってお姉ちゃんになろうとしてるんだから。

きっといいお姉ちゃんになれるね。
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# by r_dew_1 | 2005-10-05 10:46 | A4  

秋に乗り遅れる。

新しい季節を迎えるにあたっては早めの準備が必要です。

高くなった秋空、夕日がぐーんと超大画面で迫るとき、
焼きサンマのにおいが各家庭から発信されます。
大人も子供も「サンマは目黒ね。」なんてつぶやながら
実はメイド・イン・気仙沼。

その、足並みに乗り遅れました。
まだサンマを食べていないのです。

日本の小さなサンマ漁船は異国の船に当て逃げされるリスクを背負いながらも
いち早く秋の味覚をお届けしようとがんばっているのです。

なのに、私ときたらやわな切り身のムニエルなんて。
その切り身が当て逃げ船のお国からの輸入だったらどうするのっ!

この秋は先取りどころか、後手後手にまわって新鮮な満喫感がいまひとつ。
なんとなく出遅れちゃったようです。

昨夜、夜空を見上げたら星がきれいに見えるようになっていました。
次の冬には遅れてなるものかと羽毛ふとんを出した私です。
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# by r_dew_1 | 2005-10-02 18:09 | A4  

麦茶はいつまで?

すっかり涼しくなりましたけど、麦茶はいつまで作るのでしょう。

ウチではあたたかい麦茶はまず飲むことはないので
麦茶といえば、アイス。夏の飲み物です。

夏の早々、遊びにきた男の子に麦茶を出すと、ごくごくごく。
そのみごとな飲みっぷりに
「もう、麦茶の季節だね。」というと、
「?・?・?」

一緒に来たおかあさんが横から笑っていう。
「ウチは一年中だから。」
そっかぁ、男の子3人だもんねぇ。

大人になって、麦酒。きっとそれもまた一年中?


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# by r_dew_1 | 2005-09-25 20:08 | A4  

『愛国心』

「愛国無罪」とは某国で反日運動が行われたときにプラカードに書かれていた言葉でした。ニュースでは襲われた日系企業の無惨な姿、そしてそのプラカードを掲げる姿が大写しされ、叫ぶ人々の声が聞こえてきます。異国語のはずが、「天皇陛下万歳!」と。
そんなはずありません。それは60年前、日本が封印した言葉だからです。かつて日本人はその言葉ひとつを叫びながら殺人を犯し、自らの命さえも断つことができたのです。戦争という最悪のカタチで。

愛国心とはなんでしょう。私は自分の属する国、日本が好きです。風景風土、そこから生れてきた芸術や習慣、思考、言葉、日本がなくなったら自分が立つ場所もなくなってしまいます。同一のもの、アイデンティティってやつですね。だから住み良い国であって欲しいし、守りたい。そう思う気持ちは愛国心に繋がるのでしょうか。
周りを見渡すと、今の国際情勢ではそんなほのかな気持ちだけでは国を守ることはできない、軍隊を持つべきだという愛国心。いや、戦わないという姿勢こそが結局は国と国民を守るんだという愛国心。経済こそが日本を繁栄させ、強いては国さえも守ることになるという愛国心。愛する気持ちは一緒でも、愛するための方法は様々です。

そんなとき家族だったらどうするんでしょうね。お父さんはいつでも戦える準備を怠らず、お母さんは戦いが起こらないように小さな争いの解決に骨身を惜しまない。大きいお兄ちゃんは家業を盛りたて、お姉ちゃんは小さな子たちの面倒を見る・・・。こういうのは理想の家族愛でしょうか。
けれども、お父さんがいなくなれば、お母さんが竹やりを持ちそれを見た子供たちも石を投げる。更に大きな戦いに引きずり込まれていき自分たちの場所さえ破壊してしまうなんてこともあるだろうし・・・。逆にお母さんが逞しすぎるとお父さんは戦いを放棄してパチンコ通いに精を出すかもしれません。そうしたらお兄ちゃんはニートになってしまい、少子化で小さな子の面倒を見なくてもよくなったお姉ちゃんは海外へ飛び立ってしまう。自分の属する場所を愛せなくなったり守らなくてもよくなったときは内側の敵に滅ぼされます。愛国心のチューニングというのは難しいのです。
日本人はかつてどの国よりも愛国心の強い国民でした。その強い愛国心をもって他国も自国も傷つけました。そして戦争に負けて両手を挙げたとき、両脇に挟んでいた『愛国心』は落としたのです。誰も気がつきませんでした。もうそのときはやけに毒々しいだけの『愛国心』なんて必要なかったからです。けれども『愛国心』のまわりには『誇り』とか『忠誠』とかさまざまな種が付いていることを今になって知ったのです。愛国心が悪いのではなく、使い方が悪かったのです。

今、また日本は悪い使い方をするんじゃないかと心配している国があります。
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# by r_dew_1 | 2005-09-23 01:05 | A4  

おつまみぐいネズミの正体。

最近、美味しい生ハムを見つけたのでよく買ってきます。

マリネにしようとか、パンに挟もうとか考えて買うのですが、
そこへ到達することなく、冷蔵庫から消えてしまいます。

チーズなんかもそうです。
ちくわも、サラミソーセージも・・・。

我が家ではそういうことがよくあるので、
冷蔵庫を開けられる技を持った、珍種のネズミがいるんじゃないかと
推測されています。

このネズミは食べ散らかしたり、齧り後を残したりすることなく、
切り口はきちんとラップで包んだり、開封後はタッパに移し変えたりして、
なんだか先のことも考えていたりします。

先日、オリーブの缶詰めを開けました。
これはおとうさんが出張先のロシアで買ってきた最後の一缶です。
ロシアでオリーブというのも変ですが、これがとてもおいしかったのです。
びっしり入っているので、残りはビンに移し替えておきました。

今日はパスタでイタリアン。な、とある一日でした。
「オリーブあったよね、そろそろ食べちゃわないと。」とおとうさん。
そのオリーブでもう1本ワインを開けそうな勢いです。

ビンに詰め替えたときには
缶に入っていた水もひたひたに移し替えていたはずでしたが、
その水は半分の水位に。
そして、オリーブは...たったのみっつ。

ここ、これは珍種のネズミのしわざに違いありません。
進化を遂げて、ビンの蓋まで開けてしまうのです。

おかあさんはその恐ろしさを説明しようとことばを探しました。
おとうさんは寛容です。
「じゃぁ、チーズでいいや。」

珍種ネズミはなぜか本格派で、
すでにチーズはお子ちゃま用プロセスチーズしか残っていません。

「じゃぁ、あの生ハム。」

あの生ハムは珍種ネズミのマイブームな大好物です。

おとうさんの呆れ顔におかあさんはネズミ退治を決心したのです。
珍種のネズミはおかあさんのなかに住んでいます。
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# by r_dew_1 | 2005-08-27 18:20 | A4  

災いの素。

いくつかの鉢植えにアリが住んでいたのは知っていた。
だけど別に悪さなどしない普通のアリだったので、共存。

いそいそとエサ、私にとってはゴミ。を運ぶ姿なんかはいじらしい。
水やりなんかすると、
ダッシュで逃げるもの、器用に水をすべるもの、あっぷあっぷもがくもの、
彼らにとって私のすることは自然の一部なんだろう。

つい最近、植物たちのレイアウトを変えた。
案の定、アリたちにとっては晴天の霹靂。

大きな箒、私にとっては普通。でばたばた掃かれちゃうわけだし、
サンダルで踏まれるもの続出。
お家の番地が変わっちゃうから、みんなが迷子。
「空襲ってこんな感じかもしれない。」
アリを見て、戦後60年を思う。

数日後、そのせいだろうか。
ふと、見ると「あー、入ってきてる!」
数匹がサッシ近くの床を歩いてる。
今まで家の中に侵入することなかったのに。

復讐にしては無防備なばらつき。
私がそのとき感じたのは、家族探し。
9.11のとき、写真を手に家族を探すニューヨーク市民と重なった。
危険を顧みずこんなところまで探しに来た。

なんだか私はすごいことしちゃったのかもしれない。

なのに、
なのに、
なのに吸ってしまった、掃除機で。
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# by r_dew_1 | 2005-07-08 01:00 | A4  

大きくて、小さくて。

ナノって、なんナノ。
いきなり寒く入りますが、またひとつ温暖化阻止に貢献しました。

いまだ花粉との戦いに決着をつけないまま、
さらに超ちっちゃな世界へ。

どうやら、すごいことらしい。
ってことで先走り癖経済は動いていますが、経済関係者に聞くと
「ナノでも、ハノでもこっちに来ちゃったら関係ないの。」
という食欲でした。

私にも今のところそう関係はありませんが、
化粧品なんかに登場しています。

超微粒子はキメが細かく、美しさにいっそう磨きがかかりそうですが、
毛穴を抜けたりしないのでしょうか。

小さいことはわかるけど、小ささの大きさがわかりません。
普通の洗顔料でごしごししたら落ちるのかな。
やっぱり、ナノにはナノの洗顔料でしょうか。
『毛穴を抜けて、顔の中まで洗います。』
顔の皮が厚くなりそうです。

毛穴、といえば。。。

ついに、ディープインパクトしちゃった地球人。
宇宙の番人はどこかで見てるにちがいありません。
計画的交通事故。
相手のくるまの破片が欲しかったそうです。

宙に限りがないように、微にも限りがないのかもしれません。
肉眼で推し量れるのが身の丈だとしたら、
随分遠くまで来ているのですね。

ひょっこり、悪魔に手が届いてしまうことのないよう祈りたいです。
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# by r_dew_1 | 2005-07-05 13:59 | A4  

ささの葉さぁーらさら。

もうすぐ、七夕。

スーパーの入り口には短冊が置いてあって、
ささの枝にさげられるようになっていました。

「くるまへぶろ。」
???
「ゆうちゃみふ。」
???
「がんぷらほし。」
ガンプラが欲しいのか。

おこちゃまはかわいい。
七夕さまは必ず解読してくれるにちがいありません。

七夕を境に夏がやってくる。
梅雨のなごりもありますが、そう思うときです。
ここのところ、涼しいですけど。。。

最近の夏は、平気で30度超えてしまいます。
内陸部になると、37度なんていう日も。
都市部はアスファルトの蓄熱で熱帯夜の連続。
熱帯夜はエアコンの放熱で生温い朝を迎えます。
どこで息をしていいのかわかりません。

短冊を掛けましょう。
「あ、つ、す、ぎ、る、な、つ、は、ほ、ど、ほ、ど、に。」
マンモスとけちゃいますから。
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# by r_dew_1 | 2005-07-03 18:48 | A4  

『死』

逝く人は、死という置き土産を身近な人に託します。実は死って、逝った人のものではないと思っています。本当は受け止めた人たちのもの。薄く透き通った死の膜を自分の生に重ねる。ちょっと見は変わらなくても、確かな深みとなり、その扱い方、とらえ方で良きにも悪きにも影響していくのです。
生きている間、それはとても恐ろしいことでそこから逃げるようにして生きていきます。自分もそれをとりまく人々もひとつとして欠けることなく、できれば永遠にこの環境を保っていきたい。
この環境。若い苗木は、枝を張り葉を繁らせた緑樹に憧れ守られる。緑樹は、たわわな果実を実らせた樹木に教えを乞う。樹木は、枯れゆく老木に悟りを学び自分を知る。老木は。
老木は、その死をもって彼らすべての糧となる。実は決して欠けることも、失うこともない森のような世界なのだと思うのです。
ただ、それがきちんと意識できるか否か。今の時代、あまりにもその教育がなされていないように思います。お葬式に参列しても、身内として弔問客に立派にあいさつをしてもそれはわからないのです。生と死の間にある看取りの行為があまりにもお粗末なのではないかと。世話とか看病、介護もその一部だと思いますがそれだけではなく、逝く人の人生の整理、終焉にかかわること、そこに自分がどう存在し、自分のなかで逝く人がどう存在したか、それは最後の切なく、苦しく、ゆるりとした時間のなかで確かめられることです。更にはそれを心におさめ、糧として引き出せる想像力。大切な人は死してなお、自分を守ってくれるものです。
『人はなぜ人を殺してはいけないのか。』子供たちのこんな愚問を問題としてとりあげなければならない今が悲しい。大人が情けない。言葉で解答を求め、差し出そうとするのが間違ってると思うのです。
死はそこで終わるものではなく、そこから播種してかならずや関わってくるものです。
人としてもうひとつの森の破壊を見過ごしてはいけません。
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# by r_dew_1 | 2005-06-27 17:14 | A4  

数十年後の懺悔。

実家には父の大切にしている思想家の全集があります。
それは私が小学生の頃に父が買ったものです。

重厚な装丁、カバーがかけられ一冊づつ頑丈な箱におさめられている。
そのための本棚も買った。
本好きな父は貧しかった若いころの夢を叶えたのかも知れません。

私はその全集の一部に秘密を隠しています。

もう何年も前の今頃の季節。
育てていた朝顔が咲き始めました。
みごとに花をつけてもすぐにしぼんでしまうのが残念なところです。

子供心にもそう思いました。
そして、ひらめきました。

押し花。

今思えばなんという大胆さ。

それがプラトンの巻なのか、アダムスミスなのか、
それともサルトルだったのか、マルクスだったのか、
漢字なところで毛沢東だったような気もします。

数日後の驚き。
かしこい私は幼いながらも、このことは墓場まで持って行こうと
かたく決心したのでした。

父はなにも言わなかった。
もともとひどく叱りつけるようなひとではありませんでしたが
休日になると少しづつ読んでいたのでわからないはずはありません。

知っても言わなかった父に
心がチクッと痛んだのでした。

本を汚してごめんなさい。
あやまらなくてごめんなさい。
そういえば今日は父の日です。
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# by r_dew_1 | 2005-06-19 08:13 | A4  

結婚の秘密。

ひさしぶりに友人と会いました。

未婚の彼女が私ともうひとりの友人に訪ねます。
「なんで、結婚したの?」

ストレートに聞かれるとなんでだろ?と思うのです。
未婚の彼女はいつも彼氏が途絶えることなく、今の彼とも三年越しのつきあいです。

逆に聞きます。
「なんで、結婚しないの?」
「差し迫ってそう思わないんだよね。」

私も面識のあるその彼はとても穏やかないいひとです。
話を聞き進めていくと、
どうやらそのいいひとぶりがおもしろくなくて不満なようです。

人には危機感というような得体の知れない不安や課題が必要ではないかと
そのとき思ったのでした。

彼女はいいます。
「そういえば、ダンナの悪口とかいわないよね。」
そうかな?不満はいっぱいあるんだけどね。

たぶん、私もそこの取締役になっちゃってるから。

結婚前はどこと提携しようかと選びます。
ひとたび結婚合併したら、もう運命共同体ですから。

そんなこと話すと、
よっぽどいい艦だったのか、と。

いやいや、泥舟です。
日々、水をかき出してる。

彼女にはわかんないだろうな、泥舟にも幸せがあること。
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# by r_dew_1 | 2005-06-15 03:19 | A4  

電話の営業

どこから電話番号を調べてくるんだか、
電話の営業にはすごいものがあります。

世相を語ってか、最近多いのが投資系。
まっとうそうなものから、いかにも怪しそうなものまで種々雑多。
怪し気なものは声のトーンからして演技派です。
あなただけにお教えするとか、選ばれた方だけにとか、
「あー、選ばれたくなかったなぁ。」なんていっちゃいそうです。

畳屋さんも多いですね。
なんとなく邪険にできません。
お父さんはめっきり少なくなった畳を丹精込めて張り替える。
その横でお母さんが慣れない営業の電話をかける。
向いにできるマンションは総フローリング仕上げ。
そんな構図が描かれてしまうのです。

墓地なんかもあります。
いい加減なことをいっておことわりすると、
「そうですよね、まだお若そうですもんね。」なんて
愛想よく負けをみとめない強さに、年の功が感じられます。

そのほか、無料出張エステ、ご近所の皆様を集めていただいてのお料理お食事会、
無料浄水器モニター、互助会、etc.
ウチの電話は彼らのためにあるようなものです。

ひととき、英語対応作戦も考えましたが、
helloとwhatだけというのも脆弱な気がして断念しました。
おもいっきり英語で反応されるというリスクも今の時代、少なくないのです。

最近は彼らの話が一区切りしたときに、
「すいません、今、火を使ってるので。」といっています。
もう一度かけてくる律儀者もおりますが、チェックしていません。
火事または火の車だと思っていただければ幸いです。
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# by r_dew_1 | 2005-06-12 17:16 | A4  

花火と夏仕度。

うっとうしい梅雨をなんとかマシに乗り切ろうとあじさいを育てています。

挿し木から淘汰に淘汰を重ね、ただいま4種、5鉢。
残った彼らは力強く、実にみごとに咲き誇ります。

そのなかに『隅田の花火』というのがいて、
いち早く花火の予感を運んでくれる親孝行者です。

実は花火が大好き。
Wカップ予選の次は花火に標的をあわせています。
東京で3本の指に入る花火大会がウチのベランダから存分に見ることができます。

その日は昼間のカラ花火の音さえ心地いい。
夕闇が迫る頃、食事そっちのけで、枝豆とビールです。
あまり飲めなくても、むりやりビール。それがお行儀というものですから。

夏の夜空。情緒、粋、興奮、思い出、そんなものがないまぜになって
こころをトキメかせます。
世界でいちばん大きな巨大スクリーン。
目と耳だけじゃなく、鼻も。火薬の匂い。
そして、最後の百花撩乱、息をのむ圧倒と潔い終焉。
それは本当に潔くて、未練なカーテンコールはありません。
それぞれが夏の終わりの気配を抱きしめ、束の間の夢のあと。自分に還っていきます。

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これが日本の夏です。

キンチョウという意見もありますが、キンチョウはかかせない備品だと思います。
最近は蚊より、ヘリコプターが景観汚染なのです。
キンチョウでは落ちないでしょう。

『隅田の花火』が咲いて、梅雨に入って、梅酒の仕込みをして、すだれをかける。
夏支度もまた、楽しいものです。
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# by r_dew_1 | 2005-06-09 19:04 | A3フォト  

『お肉のお味』

すこし前、日本の経済が勢いよく上ろうとしているとき、金融の自由化がおこなわれたそうです。それによって更に勢いが増し、バブルという時代に突入しました。金融のルールが変わった。これはそんな時代に草食動物がお肉を食べたお話です。

しまうまはたくさんの草を食み、咀嚼し、決して合理的ではない方法で血と肉を作ってきました。ある日、一片のお肉が放り込まれました。遠巻きにそれをながめます。勇気のある者がひずめの先でそれをつっきます。やわらかそう。鼻を近づけます。生臭いけど食べられないこともなさそう。折しも草の効率の悪さは気になっていたところです。「食べてみる価値あるんじゃないか?」そのひとことがきっかけになりました。生来の真面目さでいっせいに口へ運びます。多少の消化不良は忍耐づよさをもって克服しました。なによりも高タンパク、高カロリーその栄養効果は絶大でした。筋肉は増強し、血液には粘度が増し、脳細胞は合理性を求め、競争という心理に目覚めます。そのうえ肉食のコミュニティにも仲間入りです。気がついたときには世界を圧巻する強力さを手に入れました。しまうまが牙を持ち、群れとなって巧妙に獲物を狙うのですからたまりません。しかも、勤勉に。奔放な食べっぷり、食べきれない分は干し肉にしてほかの肉食動物に売ることも忘れません。御機嫌伺いの品にもなるのです。
あれから20年。
この新種のしまうまは立派な肉食動物になれたのでしょうか。
噂によると、いまや筋肉は脂肪と化し、血液はドロドロ、脳細胞はシナプスを失い、こんがらがった遺伝子は種の保存を拒み、心は心筋梗塞の不安におびえている。草食動物に戻ろうという気持ちあるらしい、けど草を食むための臼歯はすでにありません。かといって肉食動物としては未成熟。結局、新種の動物として前例なきいばらの道を模索していく運命です。
あのとき痩せていたらいおん、お肉を放り込んだらいおんはすっかり体力を取り戻し、今日もたてがみをなびかせてどこかの油を狙っています。
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# by r_dew_1 | 2005-06-06 22:05 | A4  

あの日のお姉さん。

駅の改札が自動でもスイカでもなかった時代。
日本はつい最近までそんな時代だったのですよ、若者!

そんな時代の出来事です。

お姉さんは最近はやりのキャリアウーマンを目指すべく、
忙殺ともいえるいそがしい毎日を送っておりました。

化粧さえトンチンカンになりそうな食パン1枚の朝のことです。
ありがた迷惑なテレビの占い。
のろいの言葉にパチリとスイッチを切って、さぁ、出勤です。

駅まで5分の好立地。
タイトスカートにもかかわらず、フェンスを乗り越え、
ズルな横道3分半。

古き良き改札BOX。
箱の中身は駅員さん。定期はかざすのではなく、見せるものでした。

その日の彼女もしっかり見せました。
テレビのリモコンを。

キセルじゃないの、お疲れなの。
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# by r_dew_1 | 2005-06-03 23:32 | A4  

分別車両。

女性専用車両はかなりの危うさを秘めています。

ちかん対応策ということでしょうが、
安易に分けちゃうことで解決するとは思えません。

箱で囲んで、立ち入り禁止にしたらその数倍、興味わくじゃない。
あーあ、また荒手の新ビジネス登場のきざしを感じます。
『女性車両、潜入、盗撮。』みたいな。
犯罪としてよけい解りにくくなってしまいます。
これは、裏のビジネス。

もしもこれが公認されれば、
女性専用には、UVカットガラス使用とか、ラベンダーの香りを車内にとか、
シートはピンクで柔らかい素材をとか。
あらゆるサービスをもって特化していく訳です。

おばちゃんだって女だから乗っちゃいます。
ちかんは関係ないけど、こっちのほうが気持ちいいから。

甘い砂糖づけ、
果肉をどろどろにした上でそれなしでは生きていけない身体にしてしまう手法です。

そうすると、車内には幼気なお子さまのひとり乗りが危険にさらされます。
今まで女性の影にかくれていた小羊たち。

家庭では子育てに協力的なパパたちだって、
公共の場で目を光らせるほどプロフェッショナルではないのです。
「僕たち、こっちへ来なさい。」なんていったら、
ちかんどころか、誘拐犯のえん罪さえかけられる不安がよぎります。

そのうち、ご通学のご子息が誘拐されないための
ご子息専用車両とかも出来ちゃう訳で、
そうなると、車両ごとご子息が狙われちゃうのです。

それじゃぁ、お年寄りは?
そうそう日本はもうすぐお年寄りにうめつくされた国になります。
シルバーシートは足りません。
いっそのこと、専用車両を。。。
握りやすい手すりを開発しましょう。

おっ、すごい開発力ですね。

最初から、ちかん専用車両の企画、開発をお願いすればよかったなぁ。
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# by r_dew_1 | 2005-05-31 18:13 | A4  

読めなかった本。

買ってから何十年も経つというのに、
未だに読み終えていない本があります。

今はもう、あっちこっちから見聞きしてその結末は知っています。

少年少女シリーズのなかのひとつ。むずかしい本ではありません。
半分読めたかな?いや、もっと前だったかもしれません。

当時、小学生だった私はその物語に心を激しく揺さぶられてしまい、
母の背中をボコボコとたたきながら、
わぁ、わぁと声を上げて泣いたのを覚えています。
悲しくて、せつなくて、そして理不尽。

そう、私はその理不尽さに震えたのでした。
しばらくは、その背表紙をみるだけで涙があふれだし、
母の背中をボコボコたたくという、家庭内暴力が続きました。
ついにはそれを買い与えた父が怒りだして、
そういうつもりでかってきたのではないと強く諭されました。
それくらい危険な本だったのです。

今も実家の物置きにあるかな。
シールのついたしおりがまだそこのページはさまっているかもしれません。

今の私はもう泣かないし、
母をたたいたりしない。だから父にも怒られない(と思う)。
理不尽さなんておつりがくるほど経験したし、目の瞑り方も覚えたから。

今もタイトル、覚えているよ。
『フランダースの犬』っていうやつです。
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# by r_dew_1 | 2005-05-29 10:54 | A4  

子供を遊ぶ。

私は子供を遊ぶ、悪い大人です。

にらめっこ。
そんなのちっともおもしろくない、私は。
だから、佳境にさしかかったころあいを見て方向転換します。

「ねぇ、ねぇ、ガッツのある顔してみて。」
彼らは素直です。
「今度はしょんぼりした顔。」
(ぷっ。)
「うまいなぁ。じゃぁ、びっくりした顔は?」
(なるほど。)
「眠い顔。」
(ほう、ほう。)
「じゃぁーねぇ、」
「もういいでしょ。」
「すみません。」

「なぞなぞにする?」
「やだ、だってふたつ答があるやつでしょ。」

彼らは確実に成長しているのでした。
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# by r_dew_1 | 2005-05-26 22:00 | A4  

『年金』

私の大きいおばあちゃんはほんの少ししかお金を持っていませんでした年金はなく、息子たちからのおこずかいが唯一の収入源。遺品の整理したとき、部屋のタンスから海苔の缶に詰め込まれたお米が出てきてみんなをびっくりさせました。更には輪ゴムでくくられた銭札の束。子供の私はおばあちゃんは大金持ちだと思いました。
昔はそんな老人が多かったのでしょう。子供が多くてもおこずかいをあてにするわけにはいきません。でくのぼうもいるからです。年金制度は救済の意味でつくられました。数百円足らずの掛け金からはじまったそうです。それは善意の行為、そして善意を想定し、その上に成り立つ行為です。「余生を送る人が人として人並の生活を維持できるように。」私はそう考えます。今、それを思うとき、ちょっと違うんじゃないかなぁ。という場面に多々、遭遇します。社会保険庁に関してはあきれてものが言えないので、ここでは言いません。
『年金』=『生活』。『生活の貪欲化』=『年金制度の崩壊』。
老いていくのは悲しくて、つらい。不安だらけです。そのストレスをお金で穴埋めしようとする。「働くだけ働いたんだ。」「自分たちは制度に従順だった。信じていた。」そういう武器を盾にあらゆる現代の至福を手にいれようとしているように思えてなりません。子供たちはおこずかいをあげるどころか、そのおこぼれに群がり過った敬い方を覚えます。自分の足で立てない子供たち。不憫に思う親たちは我が子の未来を守ろうと更にお金を貯め込みます。そうなってしまうと、たとえ日本がどんなに優秀な政府であったとしても補うことはできません。
これは誰のせいでもありません。強いて言えば、大きな集団から自然派生した悪い力のせいなのかもしれません。たぶんもう、若いひとの力では支えきれない。イマドキのことばでいえば、「無理。」ってやつです。若いひとは公的年金を見放しつつあります。貰えてもそれはおこずかいだと知っています。だから、最初に戻ります。自己責任のバクチを慎重に進めていくか、海苔の缶にお米を詰め込んでいくか、大きいおばあちゃんより大変なのは銭札さえ吸い取られてしまうということです。
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# by r_dew_1 | 2005-05-23 16:34 | A4  

お賽銭の積立て。

散歩してると小さな神社に出会います。

ということで、神様にごあいさつ。
お賽銭を投げ込んだあとで、「はて?何をお願いしよう。」と考えてしまう。

神様の大きな手を煩わせるほどの差し迫った願いごとはいまんとこない。
だからといってつまらないことをお願いしたら、
かえって心証を悪くしてバチがあたりそうだ。

結局、家内安全。健康祈願。なんて、まったくセンスのないことになってしまう。
退屈な神様はセンスを重んじるに決まっているのだ。

『不受理』。

「今のままでいいんじゃない。それなりにやってんだからさぁ。」と神様。
「はぁ、おっしゃる通りです。」と私。
「気を落とさずに、また寄ってよ。小銭、貯めてんだよね。」
「。。。」
「ほら、あれ、苦しいときの神頼み。っていうの、当選倍率、優遇するよ。」
「。。。」

あぁ、神様!
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# by r_dew_1 | 2005-05-22 21:14 | A4  

罪のつぐない方

子供たちはお盆に乗せたお味噌汁を運びたがります。
「こぼさないで!」
おとうさんたちはトイレでおしっこをこぼします。
「こぼさないで!」

こぼし屋にかこまれた日々に肩がうんざりと垂れ下がります。

そんなおかあさんにこぼすけどやさしいおとうさんが声をかけます。
「今日はお寿司を食べにいこう。」
おかあさんは年に一度のカーネーションより、本音はお寿司のほうが好きなことは
おとうさんだけが知っている秘密です。

おとうさんは自分も少し楽しみます。
板さんのこぼし度を自分とくらべているのです。つまり、マス酒のこぼし具合。
おかあさんに怒られないように心のなかで念じます。
「こぼしてぇ。」

とろけるような中トロまぐろ、あっさりした鯛には昆布の風味が寄り添います。
「そろそろ、いってみましょうか。」

軍艦マーチの登場です。
宝石みたいな赤い粒。

「こぼして、こぼして、どんどんいっちゃって〜。」とおかあさん。

こぼれいくらは心も味もみんなの大好物。
しょく罪とはそういうこと?
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# by r_dew_1 | 2005-05-20 19:14 | A4  

麦畑がみたい。

車が運転できたらね、ふらふらっと麦畑を見に行きたい。

公安委員会御推薦のゴールド免許所持者の私は
別名、ペーパードライバーともいいます。
深いトラウマが紙の上を走る私の生い立ちです。

左折するとき、ワイパーが動き出す。というのは誰にでもあることです。
教習所の教官はその安っぽいうけ狙いに不機嫌な毎日なのです。
その遅れを取り戻すべく緊張で、直角座りの角度ばかりが気になります。

その日の私もそうでした。
なんとかこぎつけた仮免許、路上デビューでした。
所内を出るときからすでにシートベルトのおさまり具合が気になって仕方がありません。「最初に確かめればよかった。」反省することはすばらしい。
でもTPOもあるのです。

ふたつめの信号待ち。
「なかなか、いいですよ。」と教官。ほっとする私。
信号は黄色から青へ。節度をわきまえて、ゆっくり直進。
のはずが、ガタっ。なぜかまっすぐなシートにあおむけの私。
一瞬、言葉を失う教官。

「は、は、はやく。はやくして。」
「は、はやくって、*<?`@;、」
「青だから、青だから、」
「青って言ったって、+:、>/p';`」

車は凶器ではありません。私が凶器なのでした。
ガンダムも主人公次第なのですね。

五月の風にそよぐ金色の大麦畑。
それを実現するにはもう一度教習所に行かなければなりません。
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# by r_dew_1 | 2005-05-17 15:27 | A4  

『論理』

自分は相当論理的だと思っているのですが、周りからはかなり感覚的だと言われます。
突き詰めると自分の見解も周りの意見もそれなりの理があるので、感覚を論理とする論理的なタイプとすることにしました。そこに着地できたのも、論理的の反対は非論理的であって感覚的ではないことに気づいたからです。
とすると、関東風おもちサイズの論理的さんがが急に活たこ入道に見えてきたりするから不思議です。でもそういう発想をすると私のような感覚を論理とする論理的なタイプは餌食にしたくなるのでここではぐっとこらえます。

ある事柄を論理的に対処しましょうというとき、「論理的に対処」というインテリジェンスな響きに騙されてはいけないということです。そのまえにある「論理」の統一が強く望まれます。そのために契約書などの事前約束があるわけですが、最後の最後に、この限りではありません。なんておちゃめなひとことを忍び込ませていることだってあるのですから気はぬけません。この限りってどの限り?と聞くくらいの失礼さとずうずうしさは持ち合わせなければなりません。答えられない営業マンには、決めてから来てね。と言うか、その文言を消しちゃうくらいの覚悟は必要です。
とはいえ、普通の日常生活には契約書なんてない関係が断然多いのです。最低限のルールや道徳がその要をはたしていますが、それ以上は任意ですからときに強いもの勝ちや大声勝ちになってしまいます。そうなると押し切った論理は武器に出世します。武器になっちゃったら、もう手遅れです。そのためにアメリカなどでは子供の頃からディベートを学びます。正しさは環境や現象によっていろんな風に変化することを知るのです。そこからより良い論理を引き出す。抜け目がないのはそのせいかもしれませんが。でもこれ、まんざら悪くないと思っています。もう絵に書いた正義のゴリ押しなんかできないからです。正義はその都度善意の心でつくり出し、修正していくしかない時代になっているのです。玉虫色のリスクもありますが、大きいものに乗っかってその勢いで航海していくのはもう難しい時代になりました。
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# by r_dew_1 | 2005-05-16 06:20 | A4  

ストレスデビュー

「ママぁ、すとれすってどこから来るの?」
「ストレスって知ってるの?」
「知らないけど、みんな言ってるじゃない。ハナ先生とミノリ先生もそうお話ししてたし、パパのお腹が痛いのもそうでしょ。ママも昨日、言った。」

     ***

何が何でも温暖化を阻止しなければ、と思う。

北極の永久凍土にはマンモスだけでなく、ストレスも閉じ込められている。
それが温暖化によって日々、ものすごい量解け出しているのだ。
マンモスの牙ははんこになってやってくる。
毛のはえたしっぽは愛地球博に潜む。
ストレスは気体になって地球を覆う。
黒潮によってカツオが運んでくるのかもしれない。そしていいお出汁になっちゃうのだ。

「あなたが動くと熱がでて、地球があったかくなっちゃうのよ。」なんて娘には言えない。
ものには優先順位があるのだ。彼女たちは最優先切符を持っている。
それに私の冷え性で娘の分は充分カバーできるかもしれない。

     ***

ポン酢君にお水あげようか。」
「うん。」
「今日は肥料もあげちゃおう。」
「うん、うん。」
「お花、咲いてるし、みんなのストレスも食べてくれるかもしれないね。」
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# by r_dew_1 | 2005-05-14 16:25 | A4  

『愚』

ここんとこ、『愚』ということにこっちゃいまして
ややこしいことになっています。

実体的な愚は今さら始まったことでなく、
我が人生のインデックスにもなっている代物なので置いとくことにして、
言葉としての愚に執着してみました。

私たち日本人は「つまらないものですがぁ、」といって
選び抜いたプレゼントを送る癖があります。
世界中をひとっ飛び、立派な地球人として国連常任理事国を目指す勢いを以てしても
自国に帰れば、「つまらないものですがぁ、」とやってしまうわけです。
ついつい鼻をほじくる癖と似ています。
その中身も然り、気の抜けた去年のカレンダーなんて送ったりしません。
グラビアアイドルのプレミア付なら別ですが。

ほとんど、死語の世界ではありますが、
愚にもそういう要素が含まれています。

「愚妻」といわれておこっちゃいけないということです。

愚妻は愚妻なのですが、妻は愚妻といわれたことに腹を立てずに人前で愚妻と表現できる夫を礼儀をわきまえた立派なやつだと誇りに思わなければなりません。そして何を隠そう、それを支えているのは私なのと小さいけれど鋭い自信を持たねばなりません。
夫は夫で愚妻と言いつつ、実は天下一品の妻なのよ〜んと相手にほのめかしつつ、俺は幸せ者なのさおまえあっての俺だぜ。と妻へのめくばせも忘れてはいけません。
さらなる底辺には、そういうこといっちゃっても大丈夫な深い絆や信頼、あうんの呼吸なんかもあるわけです。

疲れますよね。。。疲れます。

日本人特有の暗号みたいなもんです。
解読機だって熱をもってトロトロです。

これは渋い大人の味なのですよ。
だから若い人が飛びついてはいけません。
使用上の注意というのをよく読んでその上で使わないというのが得策です。
知っておけば思わぬところで巻き込まれても
「愚妻なんですか。大変ですね。」なんていっちゃって
人生の大切なポイントをのがすことがありません。

ちなみに「愚夫」というのはありませんので注意したいところです。
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# by r_dew_1 | 2005-05-11 16:57 | A4  

欲望の原点

中国では衛星で野菜をつくる実験をはじめるそうです。

促成栽培はいまに始まったことではありませんが、
その栄養が気になります。

食べる本能が失われていないのは周知の事実です。
味覚を楽しみ、語りあう。
コミュニケーションツールでもあります。
でもちょっといきすぎちゃって病気になったりします。過剰病。
だから少ない栄養、でも満腹快感。ってことになります。
それでも栄養には種類があるから、その分はサプリメントでね。って。

食欲と生命維持は別のものになっちまいました。
狙いを定めて合理的に生きるのです。

性欲だってそうです。
快楽と種の保存は別問題になりました。
ときに愛はその両方にまたがって悲鳴をあげています。

「こんがらがっちゃってますねぇ。」
「今日のこんがらがりかたはひどすぎますよ。」
そんな会話が聞こえてきます。
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# by r_dew_1 | 2005-05-03 20:50 | A4  

魚は魚?

今日びっくりしたのはスーパーのお魚コーナーで金魚が売られていたこと。
 
死んだ金魚ではありません。生きてる金魚。
ぱんぱんに張ったビニール袋に水と水草と空気。
出目金一匹とスタンダードな赤いやつ二匹、580円。

どういうことなの?戸惑いは隠せません。
生臭さの意味が違うからです。
金魚すくいの夜店にやきそばのにおいが漂ったって不自然ではありませんが、
お魚コーナーの金魚はどう見たって不自然です。
奥様たちは想像力とプライスで献立選びをするのです。

全国展開の有名なスーパー。数年前、外資の傘下にはいったところです。
金魚を売るなんて初の試みだったはずです。それまで見たことありませんでしたし。
もちろんペットでしょうが、何故ここに?
あまりの過当競争に気がふれたのでしょうか。
それとも私が知らないだけで金魚の踊り食いなんて流行のきざしがあるのでしょうか。

世も末。なんて正しい日本語をつぶやきながら、胸で十字をきる私ですが、
そこんとこ許しちゃいけない気がします。
アメリカ人が寿司ネタに金魚を使ったりすると大変ですし、
金魚にあうワインがフランスから直輸入されたりしてしまいます。
日本のためにもなりません。
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# by r_dew_1 | 2005-05-02 21:39 | A4